わたしたち「読者」は、本を読むことでしか、物語の 〈なか〉には入れません。
本をひらいて、出かけて、かえってくる。その繰り返し。
現実から出ていけるのは、その、ほんのすこしの間だけ。
でも、うみだす側の「作者」は、そのかぎりではありません。
「現実を生きている時間より、物語のなかにいる時間の方がはるかにながい。
もう、ずっとそうです」
と、江國さんは言います。
そんな作者の日常は、物語の〈なか〉のふしぎと、〈そと〉の現実との境界
が、ややあいまいです。
編集者にすすめられて受けた検査で見つかった、胃の中の「恋人」。
散歩の途中、手首でなめくじを吸収してしまったこと。
玄関から、ちびた消しゴムたちが出ていったこと。
これは現実? これは物語?
どちらがどう、なんて考えるひつようはありません。
〈なか〉と〈そと〉を、かろやかに行き来する作者に連れられて、
ただ、自由に、そして、すこしあやうくとけていく感覚をお愉しみください。
著 者:江國香織
出版社:朝日新聞出版